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まず夢を見てから、一緒に考える。坪井鈑金の「おくるま専科」をインタビュー

更新

2023/06/07

公開

2023/06/07

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「おくるま専科」は、岐阜県大垣市の坪井自動車鈑金有限会社が営む福祉車両専門店です。鉄と車のプロとして60年以上の歴史をもつ同社では、国産車・輸入車問わずさまざまな車を福祉車両へと改造しています。

今回は坪井自動車鈑金有限会社の代表取締役社長、坪井英倖さんに「おくるま専科」が手掛ける改造の事例や、依頼を受ける上で大切にされていることを伺いました。

目次

    1.鉄と車のプロとして、福祉車両改造をスタート

    ― よろしくお願いします。まずは御社の事業内容について教えてください。

    坪井社長:坪井自動車鈑金は、祖父の代から3代目となるトータルカーサービスを提供する会社です。今年で64年目を迎えました。

    創業者の祖父は、刀や鍬を作る鍛冶屋だったそうです。戦後に「これからは車の時代だ」ということで車の鈑金塗装を始め、その後はエレベーターの製作も行っていました。

    これがもとになり、鉄を加工する技術と車を直す技術を合わせて、マイカーを後から福祉車両に改造する事業「おくるま専科」を始めたのです。

    2.「人生を前向きにする車」を掲げる理由

    ― 御社は「目指せ!人生を前向きにする車」というスローガンを掲げていらっしゃいます。どのような背景があるのでしょうか。

    坪井社長:「人生を前向きにする車」というスローガンは、過去にテレビ局からの取材を受けたときから掲げています。

    以前、事故に遭われて車に乗れなくなってしまった方からのご相談を受けました。脚のリハビリはしつつも、気持ちが沈んで2年近くご自宅に引きこもっていたそうです。

    気乗りはしないものの何か仕事をしなければと考えたその方は、車がないと移動が不便なため当店にいらっしゃいました。

    初めは「乗れればなんでもいいんです」とおっしゃっていました。過去にお付き合いのあった車屋さんやディーラーからは、車の改造を断られたのだそうです。

    以前のように車で走り回れない、乗りたい車に乗れない。その気持ちが「仕事に行ける車であればいい」という言葉として表れたんですね。

    でも私としては乗りたい車に乗っていただきたいため、どんな形や色の車が好きなのか、事故の前はどんなことをされていたのかをお聞きしました。

    「昔は琵琶湖に行って」「こんなこともして」とお話が出てくるうち、私が「それ、できますよ」「こういう車だったらこういう風に改造ができるので、お一人で好きな時に海にも行けますよ」とお話したら「そうか」とご本人も急にスイッチが入りました。

    友達やご家族、介護タクシーに頼らずとも、好きなときに好きな車で出かけられる。そのときからどんどん夢が膨らんで、「人生前向きになりました」と言ってくださいました。

    このお客さまだけでなく、私たちに相談してくださった方の多くが「前向きになった」とおっしゃいます。それを取材で紹介したときから、あらためて「人生を前向きにする車作りを目指していこう」と思ったんです。

    3.アクセル・ブレーキは手動操作もできる。さまざまな改造例

    ― 具体的な改造の例もご紹介いただけますか?

    坪井社長:例えばハンドル周りの改造例として、ハンドルを握りながら手動でアクセル・ブレーキを操作できる装置があります。ハンドルの後ろに付けたリング状の「アクセルリング」を使って操作します。

    床から伸びた装置を使って、左手のみでアクセル・ブレーキ操作をする改造も可能です。このタイプは引くとアクセル、押すとブレーキがかかります。

    電動補助ステップを設置するという改造もあります。これはドアの開閉と連動して補助ステップが展開・格納される装置です。

    車の座席は意外と地面から高いため、特に大きい車だと乗り降りが大変です。高齢の方が降りる際に踏ん張りがきかず転げ落ちてしまうことがありますし、小さいお子さまも非常に乗り降りしにくいです。でも一段ステップを増やすことで、ご家族皆さんが乗り降りしやすくなります。

    4.「普段の目線」を変えたいという要望も

    ― 運転席のシートが車外に出てくるようにもできるそうですね。

    坪井社長:回転シートという装置を取り付けることで乗り降りが楽になります。

    例えば車椅子ユーザーの方で、アルファードという大きい車を運転したい方がいらっしゃいました。でも最初は車椅子から座ったまま車への乗り降りができないために、車を選ぶときも低い車を勧められたようです。

    車椅子の高さから車に乗るのですから、勧める側としては車も低いほうがいいと考えるのは当然なのですが、お客さまによっては「乗りたい車に乗りたい」というご希望もあります。

    そこで役立つのが回転昇降シートです。取り付ければ大きい車にも乗りやすくなり、視界が上がります。でも大きくてかっこいい車から降りてくる方が車椅子ユーザーだったら、見た方はちょっとびっくりするかもしれませんね。

    怪我や障害を隠すのではなく、乗りたい車に乗ろうとする。車だけでなく生き方もかっこいい、そんな風に感じたお客さまでした。

    5.後から改造するから、戻すこともできる

    ― 具体的なお客さまの例もお聞きしましたが、全体としてはどのような方からのお問い合わせが多いでしょうか。

    坪井社長:さまざまなお問い合わせがありますが、特に多いのはシニア層の方です。そのなかでもいわゆる老老介護の状況にある方もいらっしゃいますし、ご両親の介護が必要になり、マイカーの改造を検討したいという方もいらっしゃいます。

    お子さまがいる家庭だと大きい車を使われていることが多いのですが、体力が落ちたご両親には乗り降りが難しくなってしまいます。

    今のマイカーを売って介護用の車を買いなおすという選択肢ももちろんありますが、なかなか大きなお金が動くことになりますよね。

    そのため、必要な分だけ後から改造できることをお伝えします。先ほどの例のように回転シートをつけると、ご両親と介護する方、両方の負担を減らせます。

    また、後から改造するということは「戻すこともできる」ということです。普通乗用車を購入した後、介護のために一部改造し、それをまた元に戻して売却できます。

    当店の製品は決して安いものではないですが、お客さまにとって使いやすい状態を徹底的にヒアリングし、シンプルかつ丈夫なものを作るのが特徴です。そのため、長く使っていただけています。

    6.「断る理由」ではなく「どうしたら乗れるか」を考える

    ― さまざまな依頼があるなかで「おくるま専科」が大切にされていることは何でしょうか。

    坪井社長:「どうしたら乗れるか」をご提案することです。例えば先日、アメリカのクラシックカーの改造をしたいというご相談がありました。輸入車かつクラシックカーということで、ほかのお店では断られてしまったそうです。

    車の写真を何枚か見せていただいて「ここにこういう装置を付ければできると思いますよ」と提案したところ、お客さまが「できるんですね」ととても喜んでくださいました。

    ただクラシックカーなので、耐用年数や修理が必要になった際の日数は考慮する必要があります。その方はほかにも車をお持ちなので、再検討のため一度保留となりましたが、断る理由ではなく「どうしたら乗れるか」を一緒に考えることはやはり大切だと感じました。

    7.スタッフみんなで学び、「ありがとう」を共有する

    ― お客さまからの「ありがとう」をスタッフの方に共有されているそうですね。

    坪井社長:朝礼などでも話しますし、お客さまから福祉車両改造でお困りごとを解決できた時に頂いた感謝のお声がスタッフにも伝わっていると思います。

    また、お客さまに接するときは、私だけでなく技術スタッフをはじめほかのスタッフも同席します。そのほうが、実際に手を動かす職人も「自分の仕事がこんなふうに貢献できたんだ」と実感できますよね。

    お客さまからの「ありがとう」だけでなく、輸入車の改造装置を販売している代理店の社長さんから、福祉車両におけるヨーロッパ先進国での状況をスタッフと一緒にお聞きすることもあります。

    さまざまな装置の特徴を学んでおくと、お客さまからご相談を受けたときにも「こういう装置がありますよ」と伝えられますから。

    8.装置ひとつで人生が変わる。感動を与える車づくりを続けたい

    ― 今後の展望をお聞かせください。

    坪井社長:まず、今後もお客さまの気持ちが前向きになるような手助けをしていきたいと考えています。

    すごく良いなと思ったお話があります。小学校中学年の娘さんが車椅子を使われていて、学校の送り迎えはよく介護施設で使うような一般的な車を使っていたそうです。

    でもある日、お父さんが大きなベンツと新しい車椅子を購入されて、ベンツの後ろから車椅子が降りてくるような改造をされました。

    いつも通りに娘さんが学校へ行き、新しい車から電動で車椅子ごと降りてきたら「ベンツが来た!」とお友達が大騒ぎです。

    「〇〇ちゃんかっこいい!」「すごいね」というみんなの反応に、娘さんはとてもうれしそうにされていたそうです。今までは人目を忍ぶようにして登下校していたのに。その姿を見たご両親もうれしかったというお話でした。

    こんなふうに装置ひとつで家族が明るくなって、人生が変わることがあります。私たちも自分たちの提案や技術力でお客さまの人生が変わるのはうれしいですし、こうした「ありがとう」をもっと集めていけるような車を提供していきたいです。

    もうひとつの目標は、福祉車両への改造ができるということ自体をもっと知っていただくことです。

    当店は国産車・輸入車問わず改造ができる唯一の店舗で、メディアから取材をお受けすることも増えているのですが、必要とする方にまだまだ知られていないと感じています。

    お客さまからよくかけられるのは、「リハビリセンターや病院に行くと、みんな困っているよ」という言葉です。

    怪我や障害などがあると出かけられないと思って、諦めていらっしゃる方も多いのかもしれません。「自分に合う車があるのかどうかがわからない」という場合もあると思います。

    今後はより発信に力を入れ、感動を与えられるような改造で車作りをしていきたいですね。

    ― 最後に、読者へのメッセージをお願いします。

    坪井社長:職場体験に来てくれる子どもたちにもよく話すのですが、車椅子ユーザーの方全員が、同じサポートで良いわけではありません。例えば右足が不自由な方と両足が不自由な方では、必要なサポートが大きく異なります。

    車椅子ユーザーの方自身も、どんな装置が有効なのかイメージが先行する場合もありますので、介護する方、サポートを受ける方の両方に「人それぞれ」だということを意識いただけたらと思います。

    福祉車両への改造を検討中の方に向けては、夢を持ち、それを膨らまして「やりたいこと」を起点に考えることで、気持ちを前向きに持っていただけますと幸いです。

    ― 本日はご紹介ありがとうございました。

    おくるま専科(坪井自動車鈑金有限会社)
    岐阜県大垣市の福祉車両・介護車両専門店。ステアリングデバイスや後付け回転シート、電動補助ステップなど、さまざまな製品を扱い、国産車・輸入車問わず対応可能。「人生を前向きにする車」を目指し、お客さまの充実したカーライフをサポートしている。

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